一ノ関3日目

まずは、一ノ関市立図書館で見つけた一冊。

■「岩手史叢 第八巻 飢饉考」岩手県立図書館 昭和59年6月25日発行

南部藩に発生した宝暦5年、天明3年、天保4年の飢饉現象を詳述し、藩の対策、庶民の対策を記す。

天明・天保の凶作期は、横川良介の記録を基に、まず天候を記録し、凶作となる情況を述べ、物価の高騰、藩の対策にかかわる達、指令を挿入し、南部藩の政策失敗により多くの飢餓死人を出したことを示している。(「飢饉考刊行に寄せて」より抜粋)


朝8:00、一ノ関駅界隈はひっそりと、駅の待合室に電車を待つ人々が幾人、寡黙に佇んでいる。
都心ならあちらこちらにカフェもあり、それなりに朝を過ごすこともできるものの、此処は一ノ関。

昨日と同じように同じコースを、街並み散策の散歩。今日は、昨日よりは若干歩数を稼ごう。結果は、7,800歩。
バス停で「一高前」とある。一ノ関一高に通じる道筋に佇む一軒家風。此処がジャズ喫茶「BASIE(ベイシー)」。隣には長屋ののように昭和の趣きを残す飲食店が連なる。道筋奥正面には一高が居丈高のように鎮座していた。

図書館の方に足を向けつつ、途中、磐井川という1級河川沿いを歩く。開店前の「徳蔵カフェ」や「世喜の壱」という酒蔵風ショップを見やりながら、一ノ関藩家老屋敷などをちょい見学し、図書館へ。開館まで30分ほど余していたので、駅に戻り、立ち食いそば「菜のはな」に立ち寄り、再び図書館へ。

1時間ほど「飢饉考」を通覧し、メモをタブレットにログしておく。

昨日のCafe Journalにて、忘れないうちに今朝の軌跡をログしておく。

街中散策していると、市の観光政策なのか、風土なのか、先人の足跡を記した碑があちらこちらにある。いずれも文化や教育などの功労を称えたもの。碑には土木工学の先駆者たる名前も記されていた。

磐井川の辺に佇んで河川流域を見渡し、あらためて思うが、この大きな1級河川、北上川同様に水運物流や新田開拓の源であると同時に、この暴れ川の治水との闘いだったのだろうかと。



図書館横に展示されていたSL機関車しかり、近代奥州の開発の原動力を称えている。
機関車の車輪の大きいこと。内輪だけでもゆうに成人男性の背丈を上回る。

昼ご飯は、図書館ほど近い中華「菜加」。開店すぐに満席になる盛況ぶり。すでに先客が店前に並び、待つこと30分少々。テーブルごとに客を通してくれるので、4人掛け卓を一人で。店前には待つ客が列をなしているので、ゆっくり飲んだくれているわけにもいかない。

エビチリ小皿とコーンスープ、紹興酒熱燗、ルーロー飯を注文。哀しいかな先ほど食したばかりの立ち食い蕎麦が効いている。

ルーローハンを少し食べ残してしまった。ごはん少なめにしたのに。(^-^;。

味は都心にありがちな高級中華みたい。そういう意味では本格中華。食べ慣れた味だが、一ノ関駅界隈には中華料理店も見当たらず、店前に客が連なる理由も頷けなくはない。

Last Updated on 2026年4月12日 by plough