仕事柄、教育にかこつけたレポートやら論文やらの作成技術過程に携わってきたこともあり、
「論文」と聞くと何やら型ぐるしさの産物のように思ってきた。
加えて、日々アップデートの激しいICT技法に追われてきた。
こうしてみると、こいつらはこれまでの私に多忙さを押し付けてきた元凶そのもの。
なんの未練も感ずることなく、さっさとオサラバしたいと、つらつら思っていた。
とはいえ、バカとハサミも使い方次第。
学術論文とはいえ、所詮はある種の人間関係の中で成立している技法だ。
査読などとおこがましいものの、査読する側の力量や見識は疑う余地ありありで、
「客観性」やら「批評」など査読者の気ままゆえでしかない。
煎じ詰めれば、論文は業界仲間の娯楽に過ぎない。
だったら大衆娯楽へと昇華させてしまえ。
こんなわけで、学術論文のエッセンスを大衆の遊びのツールに変換してみよう。
大きくみれば「論文」はテーマに基づいて仮説を立て、事実関係を整理し、論証するだけのこと。
「論証」、何も難しく考えることなどない。単に相手読み手を説得するだけでいい。
ここを規則的になんちゃらといちゃもんつけて、御託並べて、権威ぶるのが学術論文というだけのこと。
……つづく
Last Updated on 2025年4月23日 by plough
