ニュースの語源は「耳新しい」こと、らしく。。
ウクライナ戦争勃発当時は、TV界も地上波BSも総がかりで様子を伝え、戦局の解説に忙しかった。ハマス攻撃にはじまったイスラエルのガザ侵攻がはじまると、たちまちこちらに総がかりになり、ウクライナの戦況報道が目立たなくなってきた。報道量が落ちれば世情も疎くなる。
そもそも米欧西側諸国のご都合主義を敵視していたロシア。核戦争の懸念を梃にして米国の煮え切れない中途半端なウクライナ支援。支援すらなきゃ戦えないだろと、西側諸国の恫喝。
武器はダメだけど、防衛装備品は大丈夫と。弾薬はダメだけど、弾薬の工程品や原料は提供できちゃうとばかりに岸田政権。
岸田は外務経験が長かったからここに過信があるんだろうな。支持率低下傾向は、こうした過信への国民のイエローカード。
危ない世界的傾向は、大国間対立を背景にした弱肉強食感覚に支えられて強まりこそあれ弱まり、絵にかいたような国連を軸にした国際協調外交など過去の思い出でしかないかも。
不安増す大局の中、核保有論や敵基地反撃能力などの現実的な有形力行使をひけらかす連中に、堂々と一定の論理を通して対峙できる反戦知識層の登場を切望するのは、私だけだろうか?
大きなことはわからない。家族や身の回りの小さな幸せ、日々の細々とした穏やかな生活を明日も続けていきたいと思うだけなのに。
こうした感覚を国家やら大きな問題を持ち出して個人のささやかな平穏を踏みにじろうとする輩ども。
冒頭触れた、節度なきマスコミやTV界。
危機に瀕したときほど、シリアスな問題意識が偉大な哲学者を生んだりもする。尖鋭な時代感覚と問題意識。
哲学を含んだ現実的な処方箋を描いていく道筋。これまた「伝える」ことの大きな魅力に連なるものかと。。
一人ひとりに、ハッピーな日々を。
そう思うのは、私だけ?

Last Updated on 2024年5月8日 by plough
